2018年 11月 12日 ( 1 )
B医師裁判  原告からの訴え変更申し立て書 および 原告の証拠説明書 甲1~16
今日は1948年 に大東亜戦争戦勝国側の連合国側によって私設(裁判費用は、日本政府が負担)された極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)で25人の日本人に対し、東條英機ら7人の絞首刑を含む有罪判決がなされた日です。

66years ago from today, on November 12th in 1948, 25 ,Japanese defendants who (the victorious nations claimed) committed crimes during the World War II (the Greater East Asia War) were adjourned guilty in the International Military Tribunal for the Far East, also known as the Tokyo Trials. Hideki Tojo and 6 others out of the 25 defendants were sentenced to death by hanging. Although it was called privately by the victorious nations, the Japanese government was held responsible for funding the trial.


抗弁できない日本国はこの判決を受諾しましたが裁判の内容まで認めたわけではありません。
Japan and its defendants were not granted the right and an opportunity to make a plea. There was no way for them if they had not accepted the adjudication ,whether they liked it or not.


東京裁判の一判事であったインドのパール博士は1952年の来日時に『東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大である』と述べましたがまさに彼の予言通りとなっています。
近年になっても国会の代表質問で、A級戦犯の戦争責任問題がとりあげられ、隣国に国民が拉致され、いいかげんな事実認定で米国下院の外交委員会で議会決議121号いわゆる従軍慰安婦非難決議がなされても同委員会における「アルメニア人虐殺に関しオスマン・トルコ帝国を非難する決議案」に対してトルコがみせたような激しい怒りを表出することのできない日本はかつての日本人がもっていた勇気と日本人が信じていた正義が原爆と東京裁判で木っ端微塵に粉砕、踏みにじられ今や二人羽織で操られている意思のない国体のような有様でした。 それぞれの国にはそれぞれの国にとっての正義があります。 かつての守り人達の正義にかけた思いを引きついで今後の日本の変貌を望みます



先日B医師裁判の公判日の際に裁判官から以下の条件で和解を勧められましたが B医師の拒否により不成立となりましたので12月に判決があります。
双方の主張を順次開示します。





まずはB医師(原告)の訴え変更申し立て書 になります
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 次にB医師からの証拠説明書1、2になります。


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by shirayuribeauty | 2018-11-12 00:47 | その他