頬骨削り
今回は輪郭手術のご紹介です。

美容外科における輪郭手術としての顔面骨手術は昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて美容外科の一般的なメニューとなりました。 当時の十仁病院におけるその技術の研究開発の第一人者が現ライフクリニック院長の勝間田先生になります。現在も連日のように顎削り(切り)や頬骨削り(切り)、エラ削り(切り)をこなしており美容外科領域の骨削り手術に関しては実質日本一の経験数と思われる先生です。職人気質の先生でいわゆる紙広告等一切行っていないのに知る人ぞ知るクリニックとして日本中から輪郭形成の患者が集まってきて連日のように手術をなさっています。 日本の美容外科領域における輪郭手術の名人・達人だと私は思います。

本日私がご紹介するのは口内法頬骨削りの患者さんのご紹介です。

私が現在取り組んでいる頬骨の張りだしを減少させる手術には体表からアプローチする方法と口腔内からアプローチする方法があります。
体表からのアプローチの長所は頬骨弓(きょうこつきゅう)という頬骨の張り出しに対して効果的に頬骨弓リダクション(張り出し減少)が行える点です。  欠点は目立たなくなりますが体表に傷ができる点です。

口腔内からのアプローチの長所は頬骨前面の張りだしを減じる事ができまた体表に傷ができない点です。 欠点は頬骨の横の張り出しに対しては体表からのアプローチに比べて効果が弱い点です。

今回ご紹介の患者さんは頬骨前面を中心とした張りだしを減じることを御希望され、また体表に傷がつくことを望まれなかったため口内法にて頬骨削りを行いました。
また他院にて留置されていた顎プロテーゼの位置が美しい輪郭のためには位置が不適切であると判断したため微調整の顎骨削りおよびプロテーゼの再留置術を行っています。

上段:術前です
下段:術後約1.5ヶ月です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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頬骨の張り出しも減少しすっきりしました。 顎のラインもよりきれいになりましたがまだ1.5ヶ月後なので多少の腫れがあります。 あと数ヶ月するとよりしまってより綺麗になると思います。
術後1週間は腫れのためにかなりご心配されていましたが現在ご満足されていて安心しました。 術後大変な時期 お疲れ様でした。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-15 23:08 | 美容外科
顎下脂肪吸引
本日は顎下脂肪吸引をお受けになられた方の写真のご紹介です。

上段:術前です
下段:術後です(術後約1.5ヵ月後です)
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綺麗な顎のラインになられました。

顎下の脂肪はダイエットしてもなかなか落ちにくいところです。 
脂肪排泄促進注射もよく効くところですが脂肪吸引でも安全に綺麗に仕上がる部位です。
顎下の脂肪を吸引する場合は1.6mmの細い吸引管にて吸引を行うため傷はほとんど目立ちません。


本日偶然週間文春を手にして読む機会がありました。 そこに十七歳の硫黄島の著者である秋草 鶴次氏の硫黄島戦闘体験話が載っていました。 そこにはかの有名な星条旗が実は米国によってすり鉢山が占領された翌朝には降ろされ日章旗が掲げられており、それが再度星条旗に変えられたそのまた翌朝にも血で染めて作ったように見えた日の丸になったというエピソードが記載されていました。 どこまで事実なのか私には知るよしもありませんがもし事実ならイーストウッドの「硫黄島からの手紙」にそのシーンを載せて欲しかったと思いました。 それこそあの星条旗にまつわる様々な面を照らした本物の映画になったに違いありません。 
いずれにせよあの地獄のような戦場で祖国を守るべく戦ってくれた守備隊の方々に深く敬意を表します。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-14 23:59 | 美容外科
乳頭縮小術
本日は先日ご紹介した乳頭縮小術の術後約2週間後検診がありましたのでご紹介します
上段:術前です
下段:術後検診時です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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「同じ悩みをもった方々の役に立てるのなら」と写真のご提供を快諾してくださいました。
深謝いたします。 私も今後とも皆様のお役に立てるよう精進していきます。


本日は色々と差し入れを頂きました。
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皆様お心遣いありがとうございます。 どうか気をお遣わないでください。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-13 23:52 | 美容外科
埋没法二重
今日は埋没法二重形成術のご紹介です。

上段:術前です
中断:術直後です
下段:術後約2週目再診時です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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術前は左目の開きがおおきかったので左右差がなるべく目立たなくなるようにラインをきめました。


先日新聞を読んでいると浜松ホトニクスが乳がんの新しい検査技術を開発したという記事が目にとまりました。

X線による検査ではなくて被爆の心配がない近赤外光を乳房にあててしこりを見つける方法です。 新生血管という癌(がん)の周辺に特徴的にできる小さな血管みつけるのが基本的原理のようです。 残念なことに現在国内では年間約1万人が乳がんで命を落としています。
脂肪移植による乳房豊胸を行う美容外科医としては脂肪移植によるしこりや石灰化は従来のマンモグラフィーやエコー検査の際の癌による石灰化やしこりかどうか判断するのに紛らわしく誤診の原因となるため、患者さん自身の将来における問題点に対する覚悟と強い手術に対する希望がないと手術が行えませんでした。

豊胸術においては人工乳房は感染や拘縮の危険性があり、ヒアルロン酸は高額な費用がかかる点やいずれ吸収されてしまうという欠点がありどの方法も一長一短があるのが実情です。

もしこの新検査技術が特異的に乳がんか否かを簡便に判断できるものになれば自己組織である脂肪移植豊胸が安心して行えるようになりますので期待したいと思います。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-12 20:33 | 美容外科
乳頭縮小術
乳頭縮小は乳頭のサイズを小さくする方法ですが手術の方法として大きく分けて三つの方法があります。

一つは「楔状切除(せつじょう・けつじょう切除」であり乳頭の上から楔型に切り込みをいれて小さくする方法です。
長所は手術自体が簡単で乳頭の基部構造を痛めないため壊死等の心配がほとんどありません。
短所は乳頭上部を大きく楔状に切除し縫合するため乳管が閉じるため将来授乳の際に一度通管のために御来院していただかないといけない点です。

二つ目の方法はLewis法と呼ばれる方法でまず乳頭の基部をバウムクーヘンのように切り取り高さを減じて、残ったきのこ状の頭部を何箇所か側方楔状切除をおこなって全体のサイズを小さくする方法です。
長所は乳管を温存するため将来の授乳の際に通管するために来院しなければならないという煩わしさがありません。また次に紹介する単純切除縫合術のように術後頻回に通院を要するということもありません。
短所は基部を切り取るため血行不良になるリスクがあります。その結果最悪の場合には残存乳頭の壊死という状態になる危険性があります。 また手術自体も細かい作業が必要となるため前者の楔状切除法と比較して手術時間が余計にかかります。

最後の一つは単純切除縫合術であり術後創部の処置のため上記二つにくらべて頻回に通院を要しますが乳管の損傷も生じないで最も安全に乳頭縮小が行える方法です。

今回ご紹介の患者さんな単純切除縫合法で乳頭縮小術をお受けになられました。

上段:術前です
下段:術後約3週です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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順調にきれいに小さくなられました。 
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# by shirayuribeauty | 2006-12-11 23:59 | 美容外科
埋没二重形成術
埋没二重形成術は美容外科では非常にポピュラーな手術です。

たかが埋没されど埋没であり美容外科医を志す医師の入門中の入門の手術となりますが奥が非常に深いのも埋没二重形成術です。

この埋没二重系施術は原理的には簡単な原理にて二重を形成しているのですが、何事もそうですが最初に考案した人はすごいと思います。

歴史的にはいったい誰が考案したのかは残念ながら私にはわかりません。

すくなくとも戦後の十仁病院では行われたということですから今では鬼籍に入られている十仁病院の創始者である梅澤先生が開発されたのかもしれません。

昔は7-0ナイロンとか8-0ナイロンとか細い糸がなくなんと人間の髪の毛で埋没二重を形成していたそうです。  

日本の美容外科のジャイアントである勝間田先生から一般的な教科書等に記載されていないそのような美容外科の歴史や技術についてのお話を伺う度に先達なる先生方の創意工夫に驚かされます。

今回ご紹介の患者さんは埋没法にて二重形成を御希望され両眼に埋没法を施術いたしました。
上段:術前です
中断:術直後です
下段:術後2週間再診時です
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術式は埋没法原法にならって髪の毛で行っています。



・・・・・・というのは嘘です。   7-0ナイロン糸で行いました。

より綺麗になられた瞳がまぶしかったです。 これからも幸多くありますように!
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# by shirayuribeauty | 2006-12-10 22:50 | 美容外科
航空公園、硫黄島からの手紙
先週一週間は所沢の方に研修をうけにいったりと色々とあわただしい一週間でした。
私は所沢にいくまで知らなかったのですが所沢はわが国最初の公式飛行場が誕生した場所であり1911年4月5日に公式飛行場で初飛行がされた場所とのことで航空公園がありました。
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日本人による初飛行自体は1910年12月19日 東京代々木練兵場における公開飛行にてフランス留学で飛行術を習得した徳川好敏工兵大尉がフランスより持ち帰ったアンリ・ファルマン3型(1910年型)複葉機により達成されているそうです(この記録は公式飛行場で達成されたものではありませんでした)

ライト兄弟の初飛行よりもさかのぼること12年前の1891年カラス型・玉虫型飛行噐を開発した 二宮忠八(にのみやちゅうはち)は奇人変人扱いされて資金協力もなく実機製作できなかったことは残念なことでした。 追試験では彼の設計図で飛行することが確認されています。

公園内には航空整備兵の像がありました。
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彫刻家故長沼孝三氏が1943(昭和18)年の第2回大東亜美術展に出展したもので、翌19年5月21日に所沢航空整備学校内に建立され、翼を抱き、空を見上げる航空整備兵3人の姿は、当時の少年飛行兵や整備兵のシンボルとされていたそうです。

9日未明に同日公開の「硫黄島からの手紙」を観に行きました。
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本を読んでも映画をみても悲しい戦いです。 憲兵をことさらいやらしく描いているのがややひっかかりましたが米国人がこのような映画を作ったことは評価します。

若い看護婦さんが硫黄島での玉砕戦を知らなかったのでびっくりしましたが大東亜戦争の経緯のみならず竹島や北方領土の問題すら触れない学校が多い現在の学校教育では仕方がないのかもしれません。

硫黄島以外にも多くの島嶼(とうしょ)で日本人守備隊が玉砕しています。
より多くの人々に記憶にとどめてもらえるようにここに記載します。

1943年5月29日:アッツ島守備隊玉砕
1943年11月22日:ギルバート諸島マキン・タラワ守備隊玉砕
1944年2月1日:マーシャル諸島クエゼリン環礁守備隊(ルオット島)玉砕
1944年2月3日:マーシャル諸島クエゼリン環礁守備隊(ナルム島)玉砕
1944年2月4日:マーシャル諸島クエゼリン環礁守備隊(クエゼリン島)玉砕
1944年2月23日:マーシャル諸島ブラウン環礁守備隊(エンチャビ島、エニウェク島、メリレン島)玉砕
1944年7月3日:ビアク島守備隊玉砕
1944年7月7日:サイパン島守備隊玉砕
1944年8月3日:テニアン島守備隊玉砕
1944年8月11日:グァム守備隊玉砕
1944年9月19日:アンガウル島守備隊玉砕
1944年11月24日:ペリリュー島守備隊玉砕
1945年3月17日:硫黄島守備隊玉砕
1945年6月23日:沖縄守備隊玉砕

他にも無名の島々で多くの方がお亡くなりになられたと思います。
硫黄島は映画にて一躍有名になりましたが硫黄島を含め多くの島嶼(とうしょ)で国防に殉じられた日本人守備隊の方々に感謝の意を表明すると共にご冥福をお祈りします。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-09 23:59 | その他
大東亜戦争(だいとうあせんそう)開戦記念日
今日はいわずもがな

1941年12月8日 大東亜戦争(だいとうあせんそう) 開戦記念日です。

大東亜戦争 すなわちアメリカのいうところの太平洋戦争、イギリスのいうところの極東戦争は今から65年前日本がマレー半島コタバル上陸、真珠湾攻撃を行い始まりました。

当時、非欧米の国々は日本、タイ、チベット、エチオピアを除いてはみな列強の植民地、準植民地、あるいは属領であり日清、日露戦争と超大国相手に自国の独立を賭して生き抜いてきた日本が米国という超大国に禁輸処置をされた挙句の自存自衛のための三度目の大博打(だいばくち)戦争でした。

日清日露以降の日本の外交努力をすべて否定するハルノートを突きつけられやむなく自存自衛のために開戦にいたったものであり米国の植民地化、属領化を目指して行なった戦争ではありません。

有名な永野修身(ながのおさみ)軍令部総長の開戦前の言葉ですが
「米国の主張に屈すれば亡国は必至とのことだが、戦うもまた亡国であるかも知れぬ。だが、
戦わずしての亡国は魂を喪失する民族永遠の亡国であり、最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見出し得るであろう。
戦ってよし勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残ればわれらの子孫は再起、三起するであろう。」 

戦う前から計算上は勝算がほとんどなく昭和天皇の意向の親英米路線に沿うべく必死に努力した外交努力も万策尽きて戦わざるをえなかった当時の指導者達が苦渋(くじゅう)の決断をしたことは想像に難くありません。

あの戦争を避けるには満鉄(まんてつ:満州鉄道)共同経営としてアメリカの鉄道王ハリマンを迎え入れればよかっただの南印進駐をするべきではなかっただの日独伊三国同盟をするべきでなかっただの議論しだせばきりがありませんが日本側の問題点としてはつまるところ石油を米国に握られているのに対米戦略的に錯誤を重ねそれを正せる意思決定システムがなかったという点になると思います。当時の英米の問題点としては基本的に人種差別の価値観がベースにありアジアでの彼らの権益の保護のためにも日本をいずれは屈服させようという意思があったことでしょう。

個人的なロマンとしては1881年に当時独立国であったハワイのカラカウア王が日本へ訪れたときいずれ米国の属国になってしまうことを恐れた王が(その予見は残念ながら当たってしまうのですが)日本の天皇家の山階宮定麿王と、王の姪で王位継承者のカイウラニ姫を結婚させて日本ハワイ同盟を作ろうと明治天皇にもちかけたとき、もし明治天皇がお断りせずお受けしていたら世界史は変わっていて満州国は理想郷として栄え大東亜戦争もなかったかもしれないという空想が楽しいです。

以前に真珠湾のアリゾナ記念館に行きました。
アリゾナ記念館は戦艦アリゾナが沈んだ海上の上に立っている白い建物です。その近くの陸地に資料館がありました。資料館では当時の写真が展示されていましたがある写真の前で私は立ち止まりました。 その写真は米軍に撃墜(げきつい)されたと思われる日本兵の遺体が海上に浮いているものでした。 日本国内の資料館で米兵の遺体をさらしている写真などみたことがなかった私にとっていくら旧敵国人だったからといって今でもこうやって晒(さら)すのかと怒りに震えました。

当時の真珠湾攻撃はかなり正確に軍事施設のみを狙って攻撃をしていました。 しかし米国は焼夷弾(しょういだん)等を用い日本の民間人の大量虐殺(ぎゃくさつ)および原爆を用いて無辜(むこ)の人々の大量虐殺を行い日本を屈服させました。

そのような非道の限りをつくした米国が戦後極東(きょくとう)軍事裁判で事後法でA級戦犯なるものを捏造するのは噴飯ものの茶番劇であり日本人として受け入れることのできないものですがいまだそれが政治の世界では問題になるという現実を鑑(かんが)みれば日本人の中に根深く蔓延(まんえん)してしまった病理の深さは相当なものだと思います。 

かつての日清戦争ではロシア、フランス、ドイツの三国干渉にて遼東半島(りょうとうはんとう)を清国に返還させられ、その屈辱は当時の福沢諭吉に「ならぬ堪忍するが堪忍」と言わしめ 三宅雪嶺は「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」と唱え、日本人はじっと耐え日露戦争を勝利と導きました。 

敗戦国日本の空は横田空域なる広大な空域が米軍の管理下に置かれ日本各地にも米軍基地があります。 60年以上も他国の軍隊が駐留しているのも異常な状態です。
「ならぬ堪忍するが堪忍」「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」の気持ちでいつか日本が本当の独立国になることを願っています。

1941年12月8日、欧米列強によるアジア植民地支配の歴史を覆す新たな歴史の一ページを開いた真珠湾攻撃に命をうけ日本の自存自衛のために命を賭して戦ってくれた方々に感謝します。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-08 03:19 | その他
えくぼ形成
今日はえくぼ形成の患者さんの紹介です

エクボ形成は一般的な美容外科の教科書には載っていませんがずいぶん前から十仁美容外科においては存在していた術法であり誰が研究開発した手術かはっきりしません。

美容外科手術の大ベテランの勝間田先生によると昔はエクボが大変流行り需要があった手術だそうです。

今回ご紹介の患者さんはエクボを作りたいとのことで口腔内切開法にてエクボ形成を行いました。
上段:術前 [閉口時] および [微笑時] です
中段:    [術直後]です
下段:術後約1週間再診時 [閉口時] および [微笑時] です
(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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術後一週間ではまだ腫れがありやや頬が黄色いですが微笑むとかわいいエクボができています。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-06 23:53 | 美容外科
脂肪排泄促進注射
今日は今から102年前の1904年、日露戦争の旅順攻囲戦で日本軍が203高地を占領した記念すべき日です。  東映映画の二百三高地(1980年)をごらんになられていない方は是非みてください。お勧めします。 さだまさしの歌が強烈に胸に染みます。日露戦争という世界中の誰もが日本のような有色人種の弱小国家に勝ち目のないと思っていた戦いに勝利し有色人種に希望を与え日本を守った当時の日本人の御祖先に敬意を表します。

今日は脂肪排泄促進注射の紹介です。

脂肪排泄促進注射は世間では脂肪溶解注射と呼ばれています。
フォスファチジルコリンを主体とした溶液を注入することにより同部位の脂肪の減少を期待する療法ですが原理的に脂肪細胞を溶かすというよりも細胞中の脂肪の排泄を促進するのが脂肪量が減る理由であろうと考えていますのでそのように呼んでいます。 配合薬は脂肪細胞に脂肪を蓄積するのを阻害する成分と脂肪細胞から脂肪を排泄するのを促進する成分を組み合わせて調合して使用しています。

経験的に顔に注射すると少ない回数でみなさん満足のいく結果が得られています。
 ふくらはぎには効きが悪いのが実情です。

患者さんが希望される部位は顎下、頬、二の腕やお腹、太もも、お尻が多いです。

お腹の症例です。
上段:注射前です
下段:注射5回後です(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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手術をせずに部分的に痩せられるのが利点である反面、効果に個人差があり、かつ効果がでるまで時間と回数を要するのが欠点です。 

私は自分が注射をした場合は5回まで注射をしてもし効果に不満足な場合は無料で脂肪吸引をするようにしています。 何故ならいくら効果に個人差があるとはいえ効かないもしくは効きが悪いのを「体質のせいですね」とするのは時間と費用を費やしている患者さんにとっては詐欺みたいなものだからです。しかしこの注射を御希望されるかたは脂肪吸引が恐い等の理由で選ばれる方が多いので脂肪吸引で最後まで保証するのもある意味矛盾点があり悩ましいところです。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-05 03:09 | 美容外科
乳頭縮小
今日は防衛医科大学のほうへいってきました。

防衛医科大学・・・ 当時高校生だった私にはあこがれの大学でした。 国防から医学まで色々学べてお給料まででる大学というイメージでした。

しかし

今となっては甘酸っぱい思い出ですが 当時私の通学していた高校は全くといっていいほど受験情報が生徒に提供されず、いつ入試があるのかも知りませんでした。 「そろそろセンター試験だし防衛医科大学の赤本(過去問)でも買っておこう」と書店にいって防衛医大の入試がすでに終わっていたことを知って愕然として参考書売り場で立ち尽くしていたのを覚えています。

一般の大学入試と一緒で2月頃だと思っていたのでした(防衛医大は11月でした)。

私の母校の高校は今思うと色々と変わっていました。 例えば高校二年生のときの地理を選択しましたが4月の授業の最初の日教師が開口一番「これから一年間この授業は君達の自主性を重んじて休講とする。 来年の3月に一年間で研究したことをレポートして提出するように」 と宣言し月曜日の一、二限は一年間休講でした。

もちろん高校生ですから大喜びして月曜日は喫茶店で新聞を読みながらモーニングをほうばるというおおよそ自学自習とかけ離れた学生生活になってしまいました。

そんなこんなで浪人しないと受験できないと知った私は翌年受ける気満々でその年の大学受験は一校のみとしその大学の試験会場が横須賀の自衛隊基地の近くだっため試験の前日に自衛隊の見学にいきました。

「あのー基地内をみたいのですが」 と門の守衛さんに声をかけると「一般の方は入れません」とあっさり断られました。 そこで負けじと「今年はミスで防衛医科大学を受験できませんでしたが来年希望しているので自衛隊を見学したいのです!」と言ったらどうぞどうぞと入れてくれました。 その態度の豹変ぶりに拍子抜けしたのを覚えています。

軍艦!?等を見学させてもらいすっかり満足して翌日の受験に向かうことができました。

幸か不幸か受験した大学に受かってしまったので入学したのですが同級生には幾人も防衛医大の入学を辞退したものがいて「ああ代わってくれればいいのに・・・」と思ったものです。

防衛大学の知人の話では寮生活で戦闘機に乗ったり潜水艦に乗ったり訓練と称して夜中の3時ごろたたきおこされたり結構大変そうでしたが防衛医科大学の学生もそうだったのかは知りません。 

そんなこんなの思い出を防衛医大の大きな敷地をみて思い出しました。 

パキスタン地震の国際緊急援助隊、イラクにおける人道復興支援活動やスマトラ沖地震に際した国際緊急援助活動では自衛隊医官の先生方が活躍したと聞いています。 
医官の先生方には是非これからもがんばっていただきたいと思います。

今日は乳頭縮小術(LEWIS法)の紹介です。
上段:術前
下段:術後約1ヶ月再診時です(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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すっかり綺麗になりました。 通院お疲れ様でした!
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# by shirayuribeauty | 2006-12-04 22:29 | 美容外科
脂肪移植豊胸
今日は先日ご紹介した脂肪細胞移植豊胸による患者さんの術後経過の紹介です。

初診時は他院でSubQ(ヒアルロン酸)豊胸をお受けになられた後でのご相談でした。 SubQが入っていると脂肪細胞の定着に悪影響を及ぼす恐れが充分考えられたので案としてはそのままSubQで豊胸を行うか、SubQを一度分解してから脂肪細胞移植を行うか、SubQ豊胸を行った医師にSubQを注入した層と異なる層にて脂肪細胞移植をしてもらうかが考えられました。

今回は結局SubQを一度分解してから脂肪細胞移植を行うことになりました。

上段: SubQ(ヒアルロン酸)分解注射注入前です。 
中上断: 分解されて通常の状態に戻った状態です。
中下段: 脂肪細胞移植後9日目の再診時です。
再下段: 脂肪細胞移植後約3週目再診時です。
(写真は患者様の快諾を得て供覧しています)
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他院で注入されたヒアルロン酸は乳房の上部にはいっており乳房のフォルムとしては美しいといい難い状態でした。 触感もしこり状になっていましたがヒアルロン酸分解注射によりきれいに消失しました。 その後左右200ccずつ脂肪細胞を移植しています。

脂肪細胞を200cc以上(例えば300ccずつ等)移植すれば術後見栄えがよくなるのですが、やはり可能な限りしこりや石灰化の合併症の発生確率を抑えるために上限を200ccとして何回かにわけて除々に大きくする手法を私はとっています。

写真でもおわかりの通り術後3週となると術後約1週の頃より腫れも落ち着きややサイズダウンします。
今回の症例の患者さんは現在のところしこりもなく順調な経過です。


最近連日脂肪吸引の御依頼があります。 
今日はお背中の脂肪を吸引しました。  患者さんにUPをお約束したので吸引した脂肪をUPします。
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本日静岡からいらした患者さんから差し入れをいただきました。 
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お心遣いありがとうございます。 恐縮です。 どうか気を遣わないでください。

今日は大変忙しく充実していた一日だったので終業後スタッフで麹町食探検ツアーとして麹町駅出口徒歩3分にある海鮮料理「ちゃぽん」に行ってみました。 リーズナブルでおいしかったのでお勧めです。
是非機会のある方はいかれてみてください。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-03 23:59 | 美容外科
乳頭縮小術

昨日横浜から夜行高速バスにのって和歌山の学会にいってきました。
日本最小侵襲整形外科学会という学会でなるべく手術における体への侵襲(ダメージ)を少なくするために色々と術式を発表しあい討論する学会です。
朝7時過ぎに和歌山に着くと徹夜の乗車でお腹も減っていたので学会場のホテルで朝ごはんでも食べようとホテルのレストランにはいりました。隣のテーブルでなんだか「気」を感じる方がいらしたのでちらっとみてみると最近テレビ等で有名な(予約が数年待ちらしいです)西島脊椎クリニックの西島先生が朝食をとられていました。できる人は朝早くしっかり朝食をとられ、発する気も違うものだと関心しました。
そんなことに関心しつつなかなか普段から和食の朝ごはんが食べる機会がない私はホテルアバローム紀の国のごはんが美味しく6杯もお代わりしてしまいました。
その後西島先生の発表を聞きましたが個人開業クリニックにも関わらず脊椎の前方徐圧術だけでも年間240例も手術をされているとのことでびっくりしました。
世の中にはやはり凄い人がいるものです。 
午後は内視鏡のドライトレーニングに参加しました。 二人一組でしたが同席の先生は香港の整形外科の先生でした。 日本のトレーニングセミナーではあまり外国の先生を見かけないので意外でしたがそれだけ日本の脊椎外科が認められているということかもしれません。

翌日の仕事があるので今回は一日しか参加できませんでしたが最小侵襲外科の知見として得るものが多く満足でした。

最小侵襲で最大効果を得るのが外科手術の極みだと思います。
医療行為は患者さんにとって肉体的、精神的、経済的最小侵襲、最大効果 であるべきですし自分も常にそれを心がけて診療に臨んでいるつもりです。 患者さんには至らない点があれば遠慮せずおっしゃって欲しいと思っています。

今回ご紹介の症例は乳頭縮小術の症例です。

Lewis法で行いました。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
上段:術前です
下段:術直後です
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綺麗に仕上がりますように!
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# by shirayuribeauty | 2006-12-02 23:14 | 美容外科
二重切開 ・ 修正
今日は二重切開修正術のご紹介です。

患者さんは10ヶ月前に前医にて二重切開術をお受けになられましたが次の点で修正の希望があったようです。
1.二重の幅をもっと狭くして奥二重のようにしたい。
2.眠たそうに見える眼を改善してパッチリしたい。

手術を受けた前医にて修正を希望して相談されたそうですが「切開二重の幅は狭くできない」とのお返事だったとのことで私の元にこられました。

よく「切開二重にすると幅は狭めることはできないんですよね?」と聞かれることが多いですがもちろん困難な症例はありますが通常は不可能ではありません。
状態によっては前回の切開線の下に新たに切開線をいれなくてはならず傷が新たについてしまう場合はあり得ます。

今回のプランとしては
1.の希望にたいしてはライン修正術
2.の希望にたいしては眼瞼挙筋前転術   を行うことにより修正術を行うこととしました。


上段:術前です。
    診察をしてみると確かに二重なのですがなんとなく眠たそうな印象があります。
中段:術直後です。
下段:術後約1週間後抜糸時来院時です。 (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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ライン修正以外は眼瞼下垂の手術と内容的にはほぼ同じになります。 
患者さん曰く「もうずっとこの眼だったような気がして手術前がどんな眼だったか忘れちゃった。」とのことでした。 

今日はたくさんの方から差し入れをいただきました。
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大島の旅行のおみやげだそうです。 ありがとうございます。
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コーヒーでした。 ありがとうございます。
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クッキーでした。 ありがとうございます。

気を遣われると恐縮します。 お気を遣わないで下さい。
深謝いたします。
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# by shirayuribeauty | 2006-12-01 22:20 | 美容外科
鼻中隔延長、鼻尖縮小、小鼻縮小
今日は先日ご紹介した鼻中隔延長、鼻尖縮小、小鼻縮小をお受けになられた患者さんの術後三週間後検診時の経過のご紹介です。

上段:術前です
中断:術後1週間再診時です
下段:術後約3週間後再診時です
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周りのお友達にはカミングアウトされて手術をお受けになられたとのことですがそれでも周りのお友達が変わりぶりにびっくりされているそうです。
喜んでいただけて幸甚の至りです。
順調な経過です。 
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# by shirayuribeauty | 2006-11-30 23:59 | 美容外科
頬骨弓リダクション、エラ削り
顔面の輪郭手術として挙げられる3つの代表的な手術として頬骨弓リダクション(頬骨削り、切り)、エラ削り(切り)、顎骨削り(切り)があります。
美容外科における輪郭手術としての顔面骨手術は昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて美容外科の一般的なメニューとなりました。 当時の十仁病院におけるその技術の研究開発の第一人者が現ライフクリニック院長の勝間田先生になります。現在も連日のように顎削り(切り)や頬骨削り(切り)、エラ削り(切り)をこなしており美容外科領域の骨削り手術に関しては実質日本一の経験数と思われる先生です。職人気質の先生でいわゆる紙広告等一切行っていないのに知る人ぞ知るクリニックとして日本中から輪郭形成の患者が集まってきて連日のように手術をなさっています。 日本の美容外科領域における輪郭手術の名人だと私は思います。


今日はその輪郭手術のうちの頬骨弓リダクション、エラ削りの患者さんのご紹介です。

上段:術前です
下段:術後半年以降再診時です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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頬骨の出っ張りも解消しエラ部分もシャープになりゴツゴツした印象がなくなりました。
仕上がりにとっても喜んでいただけて私もすごくうれしかったです。

輪郭手術は骨を切ったり削ったりする手術ですので怖がられる事が多いですが適切な手術手技にて行えば安全に確実な結果が得られるので個人的には好きな美容外科手術の一つです。


今日は神楽坂名物 ペコちゃん焼き を差し入れに頂きました。
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なんと日本で不二家の飯田橋神楽坂店だけしか売っていないそうです。

そして名古屋からの患者さんからは私の大好きな味噌煮込みうどんを頂きました。自分の部屋へ戻ると忙しさを理由に!?全く使ってない電気コンロがありますので頑張って調理してみたいと思います。
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お心遣いありがとうございます。 深謝いたします。
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# by shirayuribeauty | 2006-11-29 23:19 | 美容外科
鼻尖縮小手術、I型鼻プロテーゼ、鼻尖部軟骨移植
今日ご紹介の患者さんは鼻尖り縮小手術(クローズ法)、I型プロテーゼ、鼻尖部軟骨移植を行った患者さんです。

上段:術前です。
下段:術後約2週間後再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています。
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御希望は鼻筋を全体的にスッと通して鼻先を細くして微妙に鼻先を下げたいとのことでしたのでプランとしては薄めのI型プロテーゼおよび鼻尖縮小、および鼻尖縮小の際に鼻翼軟骨から採取した軟骨を鼻先に移植するというものにしました。 

移植軟骨です
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すっきりした感じになりました。 元々モデルをされていてお美しい方でしたがよりお美しくなられたと思います。
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# by shirayuribeauty | 2006-11-28 23:19 | 美容外科
鼻中隔延長術、鼻尖縮小術
今回は鼻中隔延長術、鼻尖縮小術の患者さんの症例の紹介です。

最近よく受ける質問に「鼻中隔延長術と鼻尖部軟骨移植術と鼻柱下降術 はどう違うんですか?」というものがあります。

非常に多い質問なのでここで説明させていただきます。

1.鼻中隔延長術・・・・・鼻の真ん中には鼻中隔軟骨という軟骨があります。 これに軟骨を継ぎ足し鼻先を伸ばす手術になります。 適応は後述する鼻尖部軟骨移植術では充分な鼻先の延長が期待できない場合になります。

2.鼻尖部軟骨移植術・・・・ 鼻尖部に段重ねにした軟骨を移植する方法です。 長所は簡便な術式ですが欠点は鼻翼軟骨の上に移植された軟骨は鼻翼軟骨がたわむことによるクッション作用により微量しか延長できない点です。 鼻翼軟骨の硬さ、皮膚の硬さ、移植軟骨の厚さの複合係数により延長量が決まりますが1~2mm程度なのが通常です。

3.鼻柱下降術・・・・ 鼻の穴と穴の間の鼻柱と呼ばれる部分を下に下げる方法です。 軟骨やインプラントを用います。 鼻先を下げたり延長する術式ではありません。


よくご相談をうける内容として「鼻先を下げられるか?」というものがありますが診察の結果、手術可能であれば術式として上述の1.か2.を選択します。

今回ご紹介の患者さんはかなりのアップノーズに加えて2.の術式では移植軟骨の支持基盤となる鼻翼軟骨がかなり柔らかく鼻尖部軟骨移植では充分な鼻先の下げ幅が得られないと考えられたため1.の術式:鼻中隔延長術を選択しました。また鼻先を細くしたいとのご要望があったため鼻尖部縮小術も併用しています。 御希望によりインプラントは一切使用しませんでした。

上段:術前です
下段:術後 一週間の再診時です
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鼻先が高くなりかつ下がって喜んでいただけて幸いでした。

今日はとらやの差し入れをいただきました。
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ありがとうございます。御厚情を深謝します。
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# by shirayuribeauty | 2006-11-27 23:41 | 美容外科
頬骨アーチリダクション、頬骨弓リダクション、頬骨削り
今日は頬骨アーチリダクション、頬骨弓リダクション、頬骨削りの患者さんの症例紹介です。

頬骨アーチリダクション、頬骨弓リダクションは無理に日本語に訳すと頬骨弓減幅術または頬骨弓減高術とでもいいましょうか。
内容は頬骨の張りを減少させる手術となります。

この頬骨の張りを減少させる方法として大きくわけて3種類あります。

1.頬骨を削る方法・・・・・ まさに頬骨削りの文字通りの方法です。 特殊な電動機械を用いて頬骨を削りますが削り幅はあまりたいしたことはなく頬骨のでっぱりが強めの人には適しません。 もちろん時間をかけて削れば削り幅を増やすことは不可能ではないですがモーターが焼け付く可能性があるため削り幅に限度があります。

2.頬骨弓を切り落とす方法・・・・ 多くの形成外科医が行う頬骨弓に対する術式です。口腔内と耳前部よりアプローチし頬骨弓を切り落とす方法です。 

3.頬骨弓の形態そのものを再構築する方法・・・・ ライフクリニックの勝間田先生が昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて研究開発された手術法で頬骨を細分化して再配列、再構築する方法です。 


さまざまな術式を経験してきた結果、結論から述べますと一番よい方法は3の方法だと考えます。 なぜなら一番合理的で安全な術法であり手術結果が良いからです。 欠点は勝間田先生が学会発表等行っておらず多くの医師がその術法を知らないためその術式の良い点が知られていない点です。

今回の患者さんは頬骨再構築法(revision method)で行っています。
上段:術前です
下段:術後5ヶ月再診時です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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頬骨のでっぱりもなくなり小顔になりました。 

心臓外科の南淵先生、側彎症外科の江原先生、美容外科の勝間田先生、等 えてして独創的ですぐれた手術をする人は案外大学におらず在野にいることが多いのが外科の世界の面白いところだと思います。
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# by shirayuribeauty | 2006-11-26 22:49 | 美容外科
眼瞼下垂手術
「降り積もる深雪に耐えて色変えぬ、雄々しき松ぞ人もかくあれ」

どうやらエキサイトの基準では骨片の写真はいけないようです。 

昨日、今日と第40回側彎症学会に参加しに京都にいってきました。

先日の学会でもすごいと思いましたがやはり茅ヶ崎徳州会病院の江原先生の胸腔鏡視下脊柱変形前方矯正固定術は衝撃的でした。 

東京都済生会中央病院の鈴木先生といえばやはり側彎症における有名な先生ですがその先生がinstrumentation(背骨を矯正する金属の器具)の米国の会社がイギリス人Drの意見はとりいれるのに日本人Drの意見をまともに聞き入れないとお怒りだったのが印象的でした。 そこで日本人による日本人のための脊椎固定システムとして昭和医科工業株式会社からMYKRESというシステムを開発したという話を聞きMYKRES開発の裏話を始めて知りました。

脊椎固定道具はまっとうな医療用具!?なので日本で研究開発できますが美容外科領域におけるインプラントは日本では全く開発できません。 鼻のシリコンプロテーゼも顎のシリコンプロテーゼも豊胸のバックも全て外国製です。 豊胸のシリコンジェルバックなどは日本でかなり使われていますが米国のFDA認可を受けたのはなんとつい先日の11月17日です。
日本では美容外科領域のインプラントは使用する医師の責任下において個人輸入を行い使用しているのが現実です。 日本での許認可がおりないため美容外科領域における製造業も全く発展していません。 現実は日本国内で美容外科用インプラントが大量に消費されているのにも関わらず厚生省が積極的に関わらないのは何か問題がおきたときに個人輸入している医師の責任が問われるのみだからでしょう。 厚生労働省が許認可を行えば何か問題が起きた時に厚生労働省まで責任の矛先が向くからという消極的な対応だと思われます。 現実問題としてはこれだけ国内で使用されている以上は自国民の健康の保護およびそれに付随する産業の育成のためにも厚生労働省は医療用具としての許認可を行うべきではないでしょうか? 

閑話休題
 「父親たちの星条旗」という映画を観ました。 
小学生の時に硫黄島における死闘体験記を読み火炎放射器で黒こげにされた同胞日本兵達の無残な数々の遺体の写真に脳天を割られるような衝撃をうけた自分にとって現在は日本の主権の回復した領土にも関わらずかつて占領の印として星条旗が立てられた硫黄島のあの場所に現在でも記念碑が残っているのは屈辱的なことに感じます。擂鉢山から見渡す限りの海を映画のシーンのあのように敵艦隊に埋め尽くされた当時の日本守備隊の気持ちを思うといたたまれなくなりました。
イーストウッド監督の描き方が米国映画にありがちな米国=善とした勧善懲悪的なものでないのが救いです。

以前、米国のN.Y.に行ったときにエンパイアステートビル(Empire State Building)(1931年築:102階立て381m:1950年代に電波塔が追加され現在443m)に登りました。 一望にN.Y.を見渡して戦前にこんな途方もなく高いビルを建てることのできた技術力を資本力をもった米国と戦争をせざるを得ないまで追い込まれたかつての母国のことを思っていたたまれなくなったことを思い出しました。

今日は眼瞼下垂手術の患者さんのご紹介です。
上段:術前です
下段:術後半年再診時です (写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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眼瞼下垂手術は眼瞼挙筋を前転することにより行っています。
二重切開術より腫れが落ち着くまでやや長くかかります。
眠たそうだった目が術後は活力ある目になり喜んでいただけるため私の好きな手術の一つです。
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# by shirayuribeauty | 2006-11-25 23:12 | 美容外科