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by shirayuribeauty | 2017-04-28 17:48 | その他
Chiropractic カイロプラクティック
今日は1942年のフロリダ諸島の戦いにて日本軍が玉砕し約1000名 の命がツラギ島、ガブツ島、タナンボゴ島、フロリダ島 にて散りました。

2016年 本日 「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」 が放送されました。



天皇陛下のお考えを聞き 血気盛んであった自分もいつまでも若くはなく、いつ現世との別れがくるかも知れぬことを自覚し、自分が経験したことを後世の何らかの役に立てばとふと思い立ったので書き留めておこうと思います。


今回は 自分の専門学部の選択から医学部卒後数年あたりまでのことについてを書きます。

よく
「なんで医学部を卒業してからChiropractic(カイロプラクティック)の大学にいったのですか?」
 とか
「そこではどんな勉強だったのですか?」 等 聞かれるのでその内容もここに記載しておきます。

Chiropractic  それは10代の当時の私にとってとっても不思議な医療でした。  中学生、高校生と格技が好きだった私はしばしば練習で体の各所を痛めては東京渋谷の某Chiropractic治療院にて治療してもらい爽快な状態を得ていました。

武術は人を痛める技術だが Chiropracticのような技術はメスや薬も使わず人をより健康にする技術でそちらのほうがすごいし人の役に立つ! と思った自分はChiropracticが日本で学ぶには公的な学校がなく米国にいかないと公的な資格はなくきちんとした教育をうけれないと知った時はややがっかりしましたが周囲の「まず日本の医学部にいってみて人体に対する理解を深めそれでも勉強したければ卒業してからいってみれば?」との提案に納得し日本の医学部にまずは進学することとしました。

しかし進学指導もない高校に在学し、大きな予備校にも通っていなかった自分は随分呑気な高校生活を送っていました。 受験の時期になり授業料が無料どころか給与がでるという噂の防衛医科大学を受けようとし本屋に過去問題集である赤本を買いに行ったときすでに受験日が過ぎていた時の衝撃は忘れられません。 その衝撃を基に11月から死にもの狂いで勉強して当時自分の住んでいる住居から片道90分以内の通学時間で一番学費の安い横浜市立大学医学部( 当時 年間学費33万円)を発見し、他大は一切受けず専願し受験したら奇跡的に合格させていただくことができ進学しました。 地域公立大学である故か 進学後 その年度は都内在住、都内高校出身である医学部現役合格者は自分だけだったことを知り自分のような呑気な事前リサーチ不足の人間でよく合格できたとその時の強運に驚いたと同時に入学を許可してくださった大学にただひたすら深謝しました。 私の夢はいずれ勉強や研鑽が落ち着いたら横浜市で医療人として恩返しのご奉仕をさせていただく機会を得ることです。 


医学部の6年間は拳法部の主将も務めさせていただき自分なりに文武両道を両立させるべく無我夢中で日々を送らさせていただきました。 医学部6年生になってもやはりChiropractic がいかなるものか、 脊椎徒手手技療法で側弯症が治せるのか? だとしたら本当にすごい! と思い卒後の留学にむけて準備をしていました。 幸い世界で最初のchiropracticの学校であるPalmer college of chiropractic からinternational scholarship付で合格通知をいただくことができました。 Chiropractic大学は7月からの入学からでしたが少しでも医療現場を経験しておこうと医学部卒業後は母校の大学附属病院研修医となり 部室に寝泊まりして研修医生活を始めました(いつか後述しますが この時期の経験が実はその後20年の人生を大きく変えることとなりました)。

米国留学後はcolloquial languageがわからず正直 地獄の日々でした。 留学前に要求されていたTOEFL scoreはパスしていましたが所詮付け焼刃程度の英語力であったことをいやというほど思い知らされました。  テストの場所や時間すら聞き取れず苦しい思いを大変しました。 あまりの辛さに早く卒業したくて死にもの狂いで勉強したせいかアメリカ人学生がたくさん落第するクラスで異常に良い成績でPASSし優秀と感違いされProfessorに色々話しかけられ困り果てました。 ふつうは語学学校でしばらく勉強してから入学してくると知ったのは入学してからであり後の祭りでした。  「赤ちゃんみたいに言葉のシャワーを浴びれば習得できるかもしれない」と非科学的な妄想を経て連日 The Simpsons をテレビにかじりついて見続けるも一向に理解できるようにならずしまいにはストレスで口の中にいくつもの口内炎が発生し、今度はその痛みで食事が満足にとれないという悪循環にはまりだしました。 「 ガダルカナルの日本兵はもっと辛かったに違いない」と自分に言い聞かせ、クラスメイトの米国人には「図書館に住んでいるのか?」と言われるほど図書館に通い詰め勉強しました。 途中日本に帰る用事ができ一年以上ぶりにChicagoのかつてのヤオハンで日本食のうどんを口にしたときは滂沱の涙がでました。

大東亜戦争で戦ったり、その影響で何年も日本の土を踏めずにいたかつての日本人の方々の気持ちを察するに余りあるものがあることを体感しました。

当時のPalmer 大学には幸い test out というシステムがあり通常約4年(10 trimester)のコースを飛び級で約2年で卒業することができました。 当時の日本の高校や大学には飛び級という制度がありませんでしたので米国大学のこの制度には関心するとともに感謝しました。

米国のchiropractic は National Board(国家試験)がPart Ⅰ~Ⅳまであり 州によってはこの四つの国家試験をパスしてかつ州の開業試験をパスして最終的にライセンスが与えられるシステムでした。

2年4か月の間に 飛び級進級しつつ このNational Board(国家試験)をパート1~4まですべて合格し、自分の場合はハワイ州の開業試験をうけて合格しました。 親しくなった米国人クラスメイトには「nerd」と笑われ「ITOは図書館に住んでいる」と軽口を叩かれましたが当時は無我夢中でした。 

ここで話が脇道にそれますが、日本の公立医学部(横浜市立大学医学部)、 米国の私立大学(Palmer college of chiropractic)、 日本の国立歯学部(東京医科歯科大学)
の三つの大学で教育をうけた一個人として医学教育に対する論評をさせていただきます。

テストが多ければ優秀か?  社会に質を担保した人材を供給できるか? は別問題だとは思います。

自分の経験では科学的思考能力を一番養成してくれたのは日本の横浜市立大学医学部でした。
教育システムや国家試験システムが整っているなぁと感心のは米国のPalmer college of chiropractic や 米国のNational Board(国家試験) system でした。 ただし学期毎の単位修得に忙しく、一年を通じて深い思考力を養成する教育体系をとっていない印象でした。
日本の国立大学歯学部はこれら2大学の中間に位置する印象です。

解剖実習は 医学部、カイロプラクティック大学、歯学部 と3大学の教育を経験した結果それぞれの大学での特色がありました。 全般的には医学部の解剖がやはりみっちりと深く学ぶことができたと思います。 chiropactic大学では脊椎の解剖が特に厳しく、 試験前には目をつぶって骨を触るだけで「これは頸椎の6番!」とか 「これは腰椎の1番!」とかわかるまでになりました。 ただ全身の系統解剖をメスを用いて行っていくわけではなく、あらかじめ解剖されているご遺体を用いての解剖学実習でした。  歯学部でも医学部と同様のメスを用いての全身の系統解剖でしたが内臓諸臓器や筋骨格系に関しては医学部ほど深く細かい知識を習得させる講義や実習内容ではありませんした。 しかし歯に関しては医学部やカイロプラクティック大学とは比較にならないほど詳しく学び、見ただけで上顎、下顎の何番の歯とわかるようになりました。 顎顔面領域に関しても歯学部では前2大学よりは深く学ぶことができました。

結果として膨大な時間の解剖学教育を受けさせていただくことができました。
外科医としての今の自分があるのはこの三大学での解剖学実習が多大に貢献してくれていると思います。


話を本題に戻します。

米国でお会いしたドクターは M.D.(医師)であれ、D.C.(ドクターオブカイロプラクティック)であれ皆プール付の邸宅に住んでおり人生をエンジョイされていましたが、質素な生活が好きな自分の目にはvanityとうつり、アメリカ人、アメリカ社会のために一生懸命働くmotivationが最後まで湧かず、また一通りchiropracticを学んだ上でM.D.的側面からより脊椎を探求していこうと考え1999年に帰国し東京の聖路加国際病院の整形外科の研究生として採用していただき研修を始めました。

聖路加国際病院で研修を開始してしばらくして夜間 病院の2階のトイレの前で倒れている女性がいました。
所見をとっても重大な状態なのか否かが判断できなかった自分が思わず口走ったのは「医者を呼ばないと」でした。 自分が医者であったにも関わらず・・・

人を呼び救急部に運んだのち、私と同じ医学部卒業年度の医師がテキパキと診断、治療をしていく姿を見て「2年間の研修でこんなに差がついてしまうとは」と衝撃を覚えました。  

その衝撃が元となり他科研修、救急当直等を自分の体力の限界までやるように心がけました。

9.11事件の時も聖路加国際病院の救急部の当直室でそのニュース映像を見てすごい時代に突入したな・・と実感したのをつい昨日のように思い出されます。

chiropracticの話に戻ります。


Chiropractic は 美容外科手術と違い 結果が目でみてわかるものではないせいか私の治療を受けに来てくださる方は美容外科手術の患者さんと比べて圧倒的に少ないです。 
しかし 人体の持つinnate intelligence を信じ、背骨の定期的なメンテナンスを通じ 健康を保っていかれたい方は是非ご相談くだされば幸いです。


Chiropractic(カイロプラクティック)を学ばれたい方へ
全員がそうする必要はありませんが本当に正しい医療を患者さんに施して差し上げたいという気概があればやはり医学部で人体に対する深い理解を深めてから米国のDoctor of Chiropractic 大学で学ぶ、もしくはその逆の順序でも構いませんので両方の教育を受けてほしいと思います。 見えてなかったものが見えてくると思います。
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by shirayuribeauty | 2016-08-08 23:04 | その他
1週間前の日経新聞記事に物申す
本日は2010年9月7日午前に日本の領海である沖縄県尖閣諸島付近で違法操業した上停船勧告を無視し逃走時に海上保安庁巡視船2隻を破損し公務執行妨害で逮捕された中国人船長を那覇地方検察庁が処分保留のまま釈放すると発表した日になります。
9月7日の逮捕から24日にいたるまで中国政府は様々な圧力を日本に向けてきました。
今回の那覇地検の決定の是非については後日の歴史が判断することですが個人的には法治国家である日本がいかに毅然とした国であるかきちんと世界に示す意味においても粛々と国内法に則り国籍差別なく裁いて欲しかったと思う遺憾な意は拭えません。

政府は「那覇地検の判断だ」と判断の責任の所在を那覇地検にあるように表明しているようですが外交問題が絡む以上一地検の判断に預けるのはあまりにも一地検にとって酷な話であり、また国運を左右しかねない問題を一地検に預けてはいけないと考えます。




1週間前の日経新聞に以下のような記事がありました。

日経新聞 健康「歯医者なぜ長引く」=供給過剰 無駄な治療も=医出づる国   2015年9月17日(木) 

 東京都内の30代の男性会社員は歯科医の言葉に首をかしげた。
「次はいつ来院できますか?」。   虫歯の治療は終わったはずだが……。
歯科医いわく「歯周病の疑いがあります」。  結局、治療を続けることを決めた男性は「いったんは医者にかかると、なかなか終わらない」と苦笑する。   こんな経験をした人は多いだろう。
背景の一つと指摘されるのが、歯科医が置かれた環境の厳しさだ。
「経営のために」
神奈川県で開業する50代の歯科医は「経営のために一人でも多く患者を診なければならない。 すぐ治療の必要がない虫歯や歯周病で通院を長引かせるケースはある」と打ち明ける。
・・・・・ 以下略



正直 一方的な偏見に囚われた記事だと思います。

歯を失う原因で最も多いのは虫歯ではなく「歯周病」です。
しかもその歯周病は定期的なプロのメンテナンスや治療が介入することで発症率が減らせたり、歯の長期予後が良いことが分かってきています。
自分自身の歯磨きでは歯周ポケット内までのプラークは取れません。
日本人の歯の健康を考えれば多くの方々に定期的に歯の歯周ポケットの管理を歯科医院にてうけていただきたく思いますし多くの歯科医は歯が健康的に長持ちできるように定期的な検診を勧めていると思います。

それを「経営のために」 との視点は歯科医と患者の信頼関係を破壊し歯科医のせっかくのアドバイスが国民の耳にはいらなくなる可能性が多いにあります。

歯科医の多くは歯科医業で食べている開業医であるため歯科医師や歯科医師会が「定期的な検診は歯の健康維持のために重要だ」と主張してもこのような偏見がはびこると「それはあなた方の収入のために主張しているのでしょう」と断罪されてしまうかもしれません。

歯科医業が本当にきびしいか否かは私には正直わかりませんがこのような記事で歯科医師の信頼が損なわれてしまい 患者さんのことを思ってアドバイスし、診療に従事している歯科医がうがった視点で世間から見られ日本における歯科医業に対する敬意と信頼が失われていくのが残念です。

ただ根管治療の保険点数が医師業界から歯科医になった私から見て不当に歯科医療の保険点数は低く抑えられてると感じるぐらい安いせいかレントゲン写真をみて正直がっかりするレベルの根管治療をされている歯科医師も多いのも事実です。  
適正な評価を中央社会保険医療協議会には求めたいですし、歯科医側には仕事として行う以上はやっつけ仕事でしてほしくないと思います。

日本の歯科医療が歯冠修復や欠損補綴中心から虫歯や歯周病に国民を罹患させず一生自分の歯で咀嚼できるような予防的歯科医療へシフトしていくようになっていったらよいなと思います。
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by shirayuribeauty | 2015-09-24 00:06 | その他
KMC麹町メディカルクリニックのお知らせ
今日は1970年(昭和45年)11月25日、三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自衛隊の決起・クーデターを促す演説をした後割腹自殺した日になります。



KMC麹町メディカルクリニックのお知らせ


開院以来多くの患者さんにお越しいただき現場で患者さんに対するニーズにこたえるべく医療機器等を増設してきましたが手狭になり本院所在ビル3階に本年初めよりクリニックを開設しフロアを拡張し診療に臨まさせていただいておりました。  またクリニック運営を盤石とし確固として皆様に貢献できるように医療法人化し皆様を真に健康的に美しくする一助となれることを願って医療法人名を「健真美(けんしんび)」とさせていただきました。


さて 最近患者さんから「メニューの中に他院で保険がきく診療メニューがあるのですがしらゆりさんでは保険がきかないのですか?」と聞かれることが多くなりました。

調べてみると立ち耳修正等保険診療で行っている医療機関が存在するようでした。

皆の拠出金で賄われている健康保険をいわゆる疾病とは言いがたい外見上の問題に対し保険を適応して診療にあたるのは保険財政の危機がうたわれている昨今において不適な診療行為だと個人的には思いますが保険のシステムルール上 他院で保険適応が認められている疾患に対し医師個人の考えを押し通し自由診療で行うのは患者さんの負担軽減という視点からみればそれはそれで問題があると判断し3階のクリニックでは保険診療を導入することとしました。

「他院で保険適応なのに保険適応してくれないのはぼったくりなのではないのですか?」と聞かれることもありますが眼瞼下垂手術にしろ立ち耳修正にしろそれに該当する保険点数程度の金額しかしらゆりビューティークリニックは最初から戴いてきておりませんので保険導入の有無と医療機関の得る利益の問題とは当法人においては全くの別問題です。

3階のKMC麹町メディカルクリニックでは保険診療を導入していますがただしその病態が保険適応か否かは医師の診断が必要になりますので必ず保険適応となるわけではない旨を御理解ください。

しらゆりビューティークリニックは設立当初の「健康的に美しく」をモットーに女性の健康と美を追求していく総合美容クリニックとしてのより発展を、そして KMC麹町メディカルクリニックは老若男女の健康と美に社会保障の側面からも貢献していくクリニックとして各々の役割を社会で担っていきたいと思います。 

これからも医師およびスタッフ一同皆様のお役に立てるよう鋭意努力していきますのでよろしくお願い申し上げます。


麹町メディカルクリニック (平日10時~18時開院) (一部保険診療取扱)  
http://kmc-hp.com/indexお問い合わせメールアドレス  kojimachimedicalclinic@hotmail.co.jp

しらゆりビューティークリニック (自由診療のみ)
http://mm.visia.jp/shirayuri/index.php
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by shirayuribeauty | 2010-11-25 00:00 | その他
鎮魂
4月11日の今日は1942年にフィリピンのコレヒドールに司令部を置いていたダグラス・マッカーサー将軍が日本軍の攻撃に耐え切れずオーストラリアへと逃れた日となります。

また、大東亜戦争末期の昭和20年(1945年)4月11日午後2時43分、鹿児島県薩南諸島喜界島沖で、一機の零式戦闘機が米国戦艦「ミズーリ」の右舷艦尾に体当たりした日でもあります。無念ながら爆弾は炸裂せず機体のみが激突後砕け散りミズーリにかすかなへこみを残しました。

この特攻機は鹿児島県の鹿屋(大隅半島)を飛び立った「第五建武隊」(計十六機)のうちの一機、石野節雄・二等飛行兵曹(当時十九歳・岡山県出身)が操るゼロ戦でした。 

<特攻機がミズーリに体当たりする直前>
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戦艦ミズーリは昭和20年(1945年)9月2日、 重光葵(しげみつ まもる)外相以下9名の日本代表団が東京湾上で降伏文書に調印した船として有名です。その降伏式中ミズーリの甲板は二枚の星条旗で飾られていました。一枚は真珠湾攻撃時にホワイトハウスに飾られていた物、もう一枚は1853年の黒船来航時にマシュー・ペリーの艦隊が掲げていた物であり、約90年越しの勝利として日本に二度目の屈辱を与えました。


私は以前にハワイのパールハーバーでこの船に訪れた時に右舷艦尾のかすかなへこみが上述の日本の特攻機によるものだと知り衝撃を受けました。

19歳という若さで護国のために特攻した石野節雄二等飛行兵曹を深く尊敬しかつ感謝するとともにこの世の地獄と化していた沖縄を死守するために特攻で命を散らした方々へ鎮魂をお祈り申し上げます。
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by shirayuribeauty | 2008-04-11 23:03 | その他
謹賀新年
あけましておめでとうございます   今年もよろしくお願い申し上げます。

昭和12年(1937年)のシナ事変から昭和20年(1945年)までの大東亜戦争までの日本人戦没者は310万人にも達しています。
戦闘に携わった否に関わらず、皆、国や国民のことを思い、力を尽くして戦い、あるいは働き、あるいは米国の一般市民無差別大量虐殺故に亡くなった人々であり、今日の日本がその人々の犠牲の上に築かれていることを決して忘れてはならないと思います。
戦没者のご冥福をお祈りすると共にこれからよりよい日本の建設に向け新たな一年を頑張っていきたいと思います。

お正月の靖国神社です
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英霊に感謝の意を捧げると同時に現世に生を受けている私がこれからの日本の繁栄の一助となるべく粉骨砕身することができ皆様のお役に立てるようお祈りしました。 


靖国神社名物「大村益次郎」の像です。 明治初頭に活躍した陸軍指導者として有名であり「その才知、鬼の如し」と評された大村益次郎ですが実は彼は医学を修めた医者でした。
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お正月の靖国神社にくると必ずドネルサンドに立ち寄ります。
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今日はドネルサンド3つにきりたんぽ二つ(くるみ味噌味とゆず味噌味)を食べて満悦です。
平和と日本の繁栄に深謝します。

おみくじを引きました。 
御教 (みおしへ)を戴きました。

「今日用いるところの材木は、すなはち前人の植うるところ、然らば、なんぞ後人のためにこれを植ゑざるをえん」 二ノ宮尊徳

意:いまわれわれが使っている材木は、われわれ自身が植えたものではない。また、われわれの植える木は必ずしもわれわれ自身が使うものではない。それが、歴史と倫理との中で生きている人間というものの姿なのだ。
われわれは、この数十年のいのちを、直接には言葉をかわしたことのない祖先たちの恩恵の中で生きる。そのことを自覚し、感謝するならば、われわれもまた、直接相会うこのとのない子孫たちのために、懸命に、しなければならぬことをしておかねがならぬ。

深く銘記させていただきます。
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by shirayuribeauty | 2008-01-01 19:40 | その他
大晦日
今日は大晦日です。 

本日お心遣いをいただきました。
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わんちゃん達へお友達にということでうさちゃんをくださいました。


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地元の名産ということでいただきました。
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フランシスコザビエルにちなんだ南蛮菓子「ざびえる」でした。

ご遠方からはるばるいらして大手術を受け一人で都心で抜糸までの間孤独に耐えていたにも関わらずこのようなプレゼントをくださるとは・・涙がちょちょぎれました。
必ず幸せになれますように!


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お友達も増えクリニックもにぎやかになりました。
今年一年もありがとうございました。 皆様に深謝いたします。 

来年も皆様のお役に立てれれば幸いです。
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by shirayuribeauty | 2007-12-31 21:54 | その他
ご冥福をお祈り申し上げます。
本日 私の尊敬する親友の御尊父が昨日鬼籍に入られたとの連絡をもらいました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

本日は喪に服させていただきます。
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by shirayuribeauty | 2007-12-06 23:42 | その他
鼻尖縮小術、耳軟骨鼻先移植術、小鼻縮小術
今日 私はインドで行われる学会に向けて日本を出国しました。

タイ航空を使用してバンコク経由でバンガローbungalowへ。

タイ航空は綺麗でサービスも良かったです。 またバンコクの空港も新設されたばかりで清潔で快適でした。

バンガローはアジアのシリコンヴァレーとしても有名でありインドでも最も小奇麗な都市の一つとの前評判でしたが到着してみて・・・・びっくり・・・・ でした。

さて本日ご紹介の患者さんは
鼻尖縮小術、耳軟骨鼻先移植術、小鼻縮小術をお受けになられた患者さんです。

上段:術前です。
下段:鼻尖縮小術、耳軟骨鼻先移植術をお受けになられて約8ヵ月後再診時、小鼻縮小術をお受けになられて約1ヶ月後再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています。)
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鼻先をおろしたいとのご希望にて鼻尖縮小術、耳軟骨鼻先移植術をお受けになられた後に微妙な変化をご希望されて小鼻縮小術の内側法をお受けになられました。
順調な経過です。

先日お心遣いをいただきました
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ありがとうございます。 どうか御気を遣わないで下さい。
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by shirayuribeauty | 2007-11-13 12:31 | その他
stanford university
今日でstanford university(スタンフォード大学)のstanford facial plastic surgery courseが終わりました。

cadaver(御遺体)を使ってのsurgery trainingでしたが米国の医師たちの勉強できる境遇は正直いってうらやましいです。 日本ではなかなか困難です。 



この数日間、色々メールでご意見ご指摘くださった方々ありがとうございました。

HPの2667は間違いではなくて皇紀です。
ブログのMALEはMAILの間違いです。  ごめんなさい。
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by shirayuribeauty | 2007-10-27 09:30 | その他