頬骨再構築法、頬脂肪吸引
今日は104年前の1905年に日露戦争の奉天会戦で日本軍が勝利した日です。それを記念して陸軍記念日が制定されました。 

64年前の1945年 のこの陸軍記念日に 東京大空襲 が米国によりなされました。8万人以上(10万人ともいわれる)が犠牲になり、焼失家屋は約27万8千戸に及び、東京の3分の1以上の面積(40平方キロメートル)が焼失しました。
爆撃の方法も日本家屋を焼き国土を焦土とするため焼夷弾(しょういだん)を用い左右を先に爆撃して炎の壁をつくり、その間に避難して炎に挟まれた群集を、後続の爆撃機でその炎の壁の間を爆撃して焼き殺すという戦法が採用されました。この東京大空襲で余った焼夷弾を落としていった空襲が平空襲(たいらくうしゅう)(福島県いわき市平)となります。 この平空襲では材木町、鍛治町、研町、紺屋町、梅本一帯が焼かれ死者12名、家屋500戸以上が炎上という被害がでました。

この一連の民間人無差別大量虐殺の立案、指揮をしたのが第21爆撃集団司令官カーチス・エマーソン・ルメイいわゆる鬼畜ルメイとなります。
大東亜戦争終戦後ルメイは戦略爆撃に精通し、また日本の防空体制の弱点(夜間防衛)を把握していたため日本の航空自衛隊創設に関与。1964年その功績により、日本政府より1964年勲一等旭日大綬章を授与されています。

第21爆撃集団司令官の前任者ヘイウッド・ハンセルが軍事施設にポイントをなるべく絞って精密爆撃を行っていたのに対し後任のルメイは無差別大量虐殺日本焦土作戦を行ったのにもかかわらずルメイに対し勲一等旭日大綬章を授与した当時の日本政府の判断に首を傾げざるをおえません。
国辱的行為だと思います。


また今日は1959年3月10日にチベット民族蜂起の日になります。 


本日ご紹介の患者さんは頬骨再構築法、頬脂肪吸引をお受けになられた患者さんになります。

上段:術前です。
下段:術後約10か月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
d0092965_1261351.jpg

d0092965_1262721.jpg

「下からみてほほ骨の張りが減り大変うれしいです。」とのことで順調な経過です・・といいたいところですが予約を待ちきれず他院にて昨年の10月にフェイスリフトをお受けになられたとのことでした。
また他院で手術した鼻の傷も気になるとのことでした。

他院フェイスリフト術後約5か月です。
d0092965_1263835.jpg

耳の後ろの傷になんだか虫卵みたいなできものができていましたので手術をお受けになられたクリニックにてアフターケアをお受けになられることを強くお勧めしましたがどうしても私にての加療を希望するとのことでしたので加療することとしました。

他院糸のみによる小鼻縮小術術痕です。
d0092965_137189.jpg

キズだけのこって元に戻ったとのことでした。
皮下トンネルに垢が溜まって穴から突出してきています。 手術をお受けになられたクリニックにてアフターケアをお受けになられることを強くお勧めしましたがどうしても私にての加療を希望するとのことでしたので加療することとしました。


基本的に手術のアフターケアは手術をお受けになられたクリニックで行うのがベストです。
美容外科や形成外科に従事する医師の中には政治的に対立する医師の術後創ケアに関しては「これまでの創に関しては前医の責任だから貴方が弁護士に相談してからならば当院でその後診る。」と前医と患者の信頼関係を破壊して法的紛争に放り込み、自分のその後の創処置の法的安全を担保してから診る医師や、「他院で処置した? では当院ではその後は一切責任負えないので悪しからず」と責任逃れしてしまう医師が多々います。 扶氏医戒之略(ふしいかいのりゃく)を日本人医師の倫理規範と考えている自分としては自分の立場の安全を確保するため前医と患者を法的対立関係に放り込むのは医師として反倫理的行為だと思いますが、確かに他医で処置をされてしまうとその後の責任が負えなくなるというのは理解できます。 よってその医師を信頼して手術をうけた以上はアフターケアも信頼して受けていただきたく思います。
裏を返せばアフターケアを信頼してうけることができなさそうであれば手術をうけないにこしとことはありません。 手術はその場限りで終わるものとは限りません。 人体の複雑性、多様性は一外科医の短時間の関わりで100%コントロールできるものではないからです。
[PR]
by shirayuribeauty | 2009-03-10 01:10 | 美容外科
<< 頬骨再構築法、鼻尖縮小術、小鼻... 頬骨アーチリダクション=頬骨弓... >>