鼻尖縮小、小鼻縮小(内側法)
今日は1945年 硫黄島にて最後まで米軍に抗戦していた栗林忠道配下の部隊が玉砕した日になります。同日米軍が沖縄の座間味島に上陸をしました。 今日は硫黄島玉砕の日であり米軍による沖縄に対する鉄の暴風雨攻撃の始まりの日になります。
沖縄戦では日本側の死者・行方不明者は18万8136人で、沖縄県出身者12万2228人のうち9万4000人が民間人とされています。
当時の沖縄県の人口は約45万人と推計されており、少なくとも人口の3人に1人が死亡したことになります。
アメリカ軍は艦艇数1500、兵員54万8000人(うち上陸部隊18万人)の沖縄攻略部隊を組織し沖縄の侵略にむかってきました。
沖縄は戦後アメリカの支配下におかれ日本に返還されるのは1972年5月15日まで待たなければなりませんでした。

本日いきなり携帯電話に見知らぬ番号から電話がかかってきました。
でてみると「自衛隊です。」 とのことで予備自衛官に関する採用試験日の件についてでした。
誠に申し訳ありませんが4月の某日に受験日が決定されその関係でご予約を動かさなくてはならなくなってしまいました。

4月に私の手術をご予約され予約日時変更のお願いの電話がかかってきた患者様方に深くお詫び申し上げます。 御赦しください。

さて本日ご紹介する患者さんは他院で今まで外側法小鼻縮小術、内側法小鼻縮小術、プチ小鼻形成術!?(鼻翼内面の粘膜切除縫合によるもののようです)、プロテーゼによる隆鼻術の計4回の鼻の手術をおうけになられてきました。
私のところへ御来院された時のご相談としては「これ以上小さくすることは可能でしょうか?平べったい感じを変えたい」というものでした。
診察を行うと鼻先が丸く鼻翼基部の広がりが強いため鼻尖縮小術と内側法小鼻縮小術の併用手術を行うことを提案したところご納得されたため手術を施行しました。
術中所見としてはL型プロテーゼの頭部が鼻翼軟骨の間にはまり込むようになっていたためこれを切除し船型プロテーゼとしました。

余談ですが中途半端な脚の長さであるL型プロテーゼは鼻翼軟骨に乗っかる形となり時間とともに鼻翼軟骨の間に落ち込み団子鼻を形成する原因となります。
よくL型プロテーゼをいれてから団子鼻になったというかたはこのケースになります。

上段:術前です。
中段:術後一週間抜糸後です。
下段:術後1ヶ月検診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
d0092965_0533563.jpg
術後一週間目ではまだまだ鼻孔も狭かったですが序々に戻ってきています。 笑うとほうれい線の位置がさがったことが気になられています。
これも序々に自然になっていきます。

メイヨー兄弟の格言
Charles・H・Mayo
16.今日の医師は病人を癒す方法の訓練を受けるだけでなく、いわば健康にみえる人が病気にかからないよう指導できるように訓練されるべきです。
William・J・Mayo
16.私たちは知恵というものについて十分考えてきたでしょうか。知恵は知識を動かし、それを役立つものにします。
[PR]
by shirayuribeauty | 2007-03-26 00:01 | 美容外科
<< 乳頭縮小 脂肪移植豊胸 >>