鼻尖縮小、小鼻縮小術
今日はあのあまりにも有名な2.26事件が起こった日です。

1936年2月26日大日本帝国陸軍の派閥の一つである皇道派の影響を受けた一部青年将校らは、かねてから「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老重臣を殺害すれば、天皇親政が実現し、腐敗が収束すると考えていました。

この事件は結局制圧されますが、この青年将校たちに多大なる精神的バックボーンとなったのが北 一輝(「きた いっき」として有名。 正しくは「ほく いっき」)の「日本改造法案大綱」になります。

2.26事件に関し北は計画自体を知っていたものの、時期尚早であると慎重な態度を取っており、指揮等の直接関与は行っていなかったとされています。真崎甚三郎大将ら皇道派の黒幕が予備役退役の処分で済んだのと較べると北は理論的首謀者とされ、愛弟子の西田税とともに極めて重い処分である死刑となり処刑されました。

さて本日ご紹介する患者さんは他院で今まで
外側法小鼻縮小術、内側法小鼻縮小術、プチ小鼻形成術!?(鼻翼内面の粘膜切除縫合によるもののようです)、プロテーゼによる隆鼻術の計4回の鼻の手術をおうけになられてきました。
私のところへ御来院された時のご相談としては「これ以上小さくすることは可能でしょうか?平べったい感じを変えたい」というものでした。

上段:術前です。
下段:術後一週間抜糸後です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
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診察を行うと鼻先が丸く鼻翼基部の広がりが強いため鼻尖縮小術と内側法小鼻縮小術の併用手術を行うことを提案したところご納得されたため手術を施行しました。
術中所見としてはL型プロテーゼの頭部が鼻翼軟骨の間にはまり込むようになっていたためこれを切除し船型プロテーゼとしました。

余談ですが中途半端な脚の長さであるL型プロテーゼは鼻翼軟骨に乗っかる形となり時間とともに鼻翼軟骨の間に落ち込み団子鼻を形成する原因となります。
よくL型プロテーゼをいれてから団子鼻になったというかたはこのケースになります。

術後一週間目再診時ではまだまだ鼻孔も狭いですがこれはある程度改善していきます。
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by shirayuribeauty | 2007-02-26 23:15 | 美容外科
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