航空公園、硫黄島からの手紙
先週一週間は所沢の方に研修をうけにいったりと色々とあわただしい一週間でした。
私は所沢にいくまで知らなかったのですが所沢はわが国最初の公式飛行場が誕生した場所であり1911年4月5日に公式飛行場で初飛行がされた場所とのことで航空公園がありました。
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日本人による初飛行自体は1910年12月19日 東京代々木練兵場における公開飛行にてフランス留学で飛行術を習得した徳川好敏工兵大尉がフランスより持ち帰ったアンリ・ファルマン3型(1910年型)複葉機により達成されているそうです(この記録は公式飛行場で達成されたものではありませんでした)

ライト兄弟の初飛行よりもさかのぼること12年前の1891年カラス型・玉虫型飛行噐を開発した 二宮忠八(にのみやちゅうはち)は奇人変人扱いされて資金協力もなく実機製作できなかったことは残念なことでした。 追試験では彼の設計図で飛行することが確認されています。

公園内には航空整備兵の像がありました。
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彫刻家故長沼孝三氏が1943(昭和18)年の第2回大東亜美術展に出展したもので、翌19年5月21日に所沢航空整備学校内に建立され、翼を抱き、空を見上げる航空整備兵3人の姿は、当時の少年飛行兵や整備兵のシンボルとされていたそうです。

9日未明に同日公開の「硫黄島からの手紙」を観に行きました。
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本を読んでも映画をみても悲しい戦いです。 憲兵をことさらいやらしく描いているのがややひっかかりましたが米国人がこのような映画を作ったことは評価します。

若い看護婦さんが硫黄島での玉砕戦を知らなかったのでびっくりしましたが大東亜戦争の経緯のみならず竹島や北方領土の問題すら触れない学校が多い現在の学校教育では仕方がないのかもしれません。

硫黄島以外にも多くの島嶼(とうしょ)で日本人守備隊が玉砕しています。
より多くの人々に記憶にとどめてもらえるようにここに記載します。

1943年5月29日:アッツ島守備隊玉砕
1943年11月22日:ギルバート諸島マキン・タラワ守備隊玉砕
1944年2月1日:マーシャル諸島クエゼリン環礁守備隊(ルオット島)玉砕
1944年2月3日:マーシャル諸島クエゼリン環礁守備隊(ナルム島)玉砕
1944年2月4日:マーシャル諸島クエゼリン環礁守備隊(クエゼリン島)玉砕
1944年2月23日:マーシャル諸島ブラウン環礁守備隊(エンチャビ島、エニウェク島、メリレン島)玉砕
1944年7月3日:ビアク島守備隊玉砕
1944年7月7日:サイパン島守備隊玉砕
1944年8月3日:テニアン島守備隊玉砕
1944年8月11日:グァム守備隊玉砕
1944年9月19日:アンガウル島守備隊玉砕
1944年11月24日:ペリリュー島守備隊玉砕
1945年3月17日:硫黄島守備隊玉砕
1945年6月23日:沖縄守備隊玉砕

他にも無名の島々で多くの方がお亡くなりになられたと思います。
硫黄島は映画にて一躍有名になりましたが硫黄島を含め多くの島嶼(とうしょ)で国防に殉じられた日本人守備隊の方々に感謝の意を表明すると共にご冥福をお祈りします。
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by shirayuribeauty | 2006-12-09 23:59 | その他
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